会社も退職代行業者を「利用」する

人手不足が深刻化する今、「我慢を知らない若者が!」「根性がないから辞めるんだ」などと、退職する側だけに原因があると思い込むのは、決していいことではありません。

退職代行の利用者についても同じです。

代行が必要かは、依頼者の性格だけでなく、職場環境にも左右されます。一度、自力で退職した経験があっても、2社目を辞めるときは代行業者を使わざるを得ない方もいます。

退職者が出たら、「会社が見限られた」という可能性を想定しておきましょう。退職代行を利用されたということは、入社して数日で退職する場合などを除き、マネジメントに失敗しているのではないか?こちらには問題がなかったのか?そういう視点をもって考えてみる必要があるのではないでしょうか。

退職者によって、組織に隠れていた問題点が明らかになり、マネジメントをアップデートすることができます。「絶対に不利益なことはしないので、職場の改善のために本当の理由をどうか教えてほしい」このように業者を通して本人に伝えると、多くの場合、しっかりとした回答があるものです。

具体的な事例をご紹介しましょう。

事例

小売チェーンの同じ店舗で働く2人から、同時に代行の依頼がありました。店長のパワハラに耐えかねて辞めることを決意したものの、どちらか1人が辞めると残った1人が大変なことになるからと、2人揃っての退職を希望してきたのです。

通常どおりに進めていったところ、人事担当者から、代行業者のところへこんなメールが届きました。「今回の事態を受けて、社長が今後、同じことを繰り返さないよう改善をはかるため、退職に至った理由をもう少し詳しく知りたいと申しております。教えていただける手立てはございますでしょうか?」

会社としても、2人同時の退職に、「本人の問題ではなく、環境に問題があるのではないか」と考えたのでしょう。人事担当者からの伝言を依頼者2人にお伝えしたところ、「それなら回答します」と、対応されたようです。

事例

人間関係への不満が原因で退職したいという人の代行事例です。会社の社長から「うちの会社の人間関係はとてもいいのに、なぜ自分で申し出ないのか?納得いかない」という連絡が代行業者に来ました。仮に、依頼者も社長もウソをついていないのであれば、依頼者と直属の上司との関係に問題があり、退職を言い出せなかった可能性があります。

社内全体はいい職場でも、関わりの深い誰か一人が嫌な人だったら、そこはいたくない場所になるものです。短期離職の場合であっても、職場になんらかの原因があって辞める人が多く、ほとんどが人間関係です。

にもかかわらず、退職理由には人間関係ではなく、ほかの理由、たとえば、「私生活が原因の精神的不調」を挙げる人は多いです。なぜなら、角を立てずに辞めやすいからです。

人事担当者としては退職届に書かれた理由を鵜うの呑みにせず、少しでも違和感があれば、「どうしてなのか?」を丁寧に聞き出したほうが、よほど建設的ではないでしょうか。

また、退職代行が間に入ったことは腹立たしいかもしれませんが、社内では退職代行で辞められたと公表しないほうがいいでしょう。「無責任な人物だった」ということを伝えたかったとしても、「退職代行を使えば本当に一度も出社せずにこの会社を辞められるんだ」と、ほかの従業員に思われてしまいます。

その瞬間から、代行が現実的な選択肢になり、退職の連鎖を生みかねません。

ちなみに、人事担当者として退職希望者に確実に伝えたいことがあれば、代行業者を通して伝言する場合でも、本人宛にも郵送することをおすすめします。退職希望者は業者と会社との間で行われているやりとりを正確に把握することはできません。

同様に、会社は退職希望者と業者との間のやりとりを把握できません。全体像を把握しているのは業者だけです。業者のなかには、スムーズに手続きを進めるため、あるいは、面倒なことを避けるため、双方にウソの報告をするところもあり、退職希望者も会社もそれを知るよしがありません。

業者はトラブルになっても責任を負わないと利用規約に書いています。必ずしも真摯に対応し続けるとは限りませんし、対応したとしても伝言の能力が十分でない可能性もあります。代行業者から退職希望者への伝言が伝えられていない可能性を考え、文書にして郵送するなどして本人に直接伝える、それが確実です。